ちゃんと準備したのに、結果が出なかった日。
時間も気力も使って、これなら大丈夫だと思って出したのに、いい結果が出ない。
そんな時、思っている以上に心は削られます。
「何がダメだったんだろう」
「やり方を間違えたのかな」
「そもそも自分には向いてないのかも」
頭では「仕方ない」と分かっていても、気持ちはなかなか追いつかない。
僕自身、何度もそんな日を経験してきました。
この記事では、
ちゃんと準備したのに空振りだった時を、どう扱えば少し楽になるのか。
心を軽くするために、今の僕なりの考え方を書いてみます。
ちゃんと準備したのに空振りだった時の気持ち
時間も気力も使ったのに反応がなかった時
空振りだった時は、結果もですが、そこに至る過程が頭に浮かびます。
準備にかけた時間、考えたこと、整えた資料や文章。
それらが報われなかった。
そう感じると、一気に虚しさが押し寄せてきます。
別に大成功を期待していたわけじゃない。
少しでも手応えがあれば、それでよかった。
せめて、見てもらえた感覚だけでも欲しかった。
でも、それすらなかった時の落差は、想像以上に大きいです。
「自分のやり方が間違ってたのかも」と思う瞬間
結果が出ないと、すぐに原因を自分に向けてしまいます。
準備の仕方が甘かったのか。
考えが浅かったのか。
そもそも自分には力が足りないのか。
気づくと、
「今回の失敗」ではなく
「自分そのもの」を否定し始めていることもあります。
ちゃんと準備したからこそ、
空振りは「無駄だった」という感覚になりやすい。
このしんどさは、真剣だった証拠でもあるんですよね。
なぜ空振りは、こんなに心を削るのか
結果が出ないと準備ごと否定してしまう心理
僕たちは、どうしても「結果」で物事を判断しがちです。
結果が出た=良かった
結果が出ない=全部ダメだった
でも本当は、
準備・挑戦・結果はそれぞれ別のはずです。
それでも結果が出ないと、
準備していた自分まで一緒に否定してしまう。
これが、空振りを必要以上に重く感じさせる理由だと思います。
「回収できなかっただけ」という視点
今は、こう考えるようにしています。
今回は「無駄」だったんじゃなくて、
「回収できなかっただけ」なんじゃないか、と。
準備した分は、確実に自分の中に残っています。
知識、感覚、判断基準。
目には見えないけれど、確実に積み上がっている。
例えば、前よりも資料を早く作成できるようになっているかもしれない。
前よりも迷う時間が短くなって、判断が早くなっているかもしれない。
結果がすぐに出なかっただけで、
進んでいないわけじゃない。
そう思えると、空振りの意味が少し変わってきます。
僕が空振りをどう扱うようになったか
以前は、自分を責めて終わらせていた
以前は
「せっかく準備したのに…」
と、やるせない気持ちになり、落ち込んで終わっていました。
何が良くなかったかを考える前に、
まず自分を責めてしまう。
結果として、次に活かす前に気力がなくなっていました。
今は「準備していた自分」を残すようにしている
今は結果だけを見るのではなく、「準備していた自分」を記録するようになりました。
何を考えて、どこまで準備したか。
その時の判断や迷い。
うまくいかなかった事実も含めて、残しておく。
それだけで、
「全部失敗だった」という感覚は薄れていきました。
結果が出なかった時をゼロにしない小さな工夫
準備した内容と気づきをメモする
空振りだった場合は、短くていいのでメモを残します。
準備した内容。
やりながら思ったこと。
やってみて分かったこと。
気合いは不要です。
きれいにまとめなくてもいい。
「自分がやったこと」をただ記録するだけで十分です。
「次はどうするか」を軽く残しておく
そして最後に「次はこうしてみるかも」という内容を記録します。
実行するかどうかは、今は決めなくていい。
未来の自分に、選択肢を渡す感覚です。
結果が出なくても、
経験はゼロにしない。
それだけで、空振りの意味は変わります。
空振りがあっても、前には進んでいる
見えなくても積み上がっているものがある
成果は、いつも分かりやすく現れるわけじゃありません。
準備した分が、すぐ結果になるとも限らない。
でも、何も残っていないわけではない。
見えないところで、ちゃんと積み上がっています。
今は回収できなくてもいい、という余白
結果が出なかったら、
落ち込んだままで終わってもいい。
すぐ立て直さなくてもいい。
ちゃんと準備した事実は、消えません。
結果は、後から来ることもあります。
結果が出ても出なくても、積み上がっているし、前に進んでいます。


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