休みの日になると、なぜか自分に甘くなってしまう。
5分だけショート動画を見ようとしてたのに、
スワイプを繰り返して気が付いたら30分も見ていた。
10分だけゴロゴロしようとしてたのに、1時間も寝落ちしった。
そんなことをして、1日が終わり、「またダメだった」と落ち込む。
そんな感覚、ありませんか。
平日はそれなりに頑張れているのに、休日になると気が抜ける。
そのギャップに、自分の意志の弱さを見てしまうこともあると思います。
僕も、まさにそうでした。
でも最近は、休みの日に動けない自分を、以前ほど責めなくなりました。
むしろ「そうなるのも自然かもしれない」と思えるようになってきています。
この記事では、休みの日ほど自分に甘くなってしまう理由を、
精神論ではなく仕組みとして整理しながら、僕自身の試行錯誤も含めて書いてみます。
休みの日ほど、自分を責めてしまう感覚
何もしなかった休日のあとに残るモヤモヤ
休みの日に、思ったより何もできなかった。
その事実自体よりも、夜になってからじわっと湧いてくるモヤモヤの方が、つらかったりします。
「あの時間、もう少し有効に使えたんじゃないか」
「結局、だらだらして終わったな」
そんなふうに振り返ってしまって、自分を責めてしまう。
休みだったはずなのに、心が休まらない。
僕も何度もありました。
特に、やる気がないわけじゃないのに動けなかった日は、
余計に「何もしなかった自分」だけが強調されてしまう気がします。
「また甘やかしてしまった」という自己否定
その延長に出てくるのが、「自分に甘いな」という言葉です。
本当は誰かに言われたわけでもないのに、自分で自分を評価して、勝手に点数を下げてしまう。
「もっと頑張れるはずなのに」
「休みの日でも動ける人はいるのに」
そんな比較も、頭の中で始まります。
僕自身、「休みの日くらいちゃんとしなきゃ」と思えば思うほど、動けなくなっていました。
それどころか、さらに自己否定が強くなる、というループに入っていました。
なぜ休みの日は甘くなりやすいのか
オンとオフを切り替えた反動としての自然な状態
今は、「休みの日に甘くなる」のは、意志の問題ではなく、切り替えができている証拠なんじゃないか、と思っています。
平日は、多少なりとも気を張って過ごしています。
やるべきことに合わせて、無理にでもスイッチを入れている。
その反動が、休みの日に出るのは、ある意味自然なことなのかもしれません。
ずっとオンのままでいられる人は、たぶんほとんどいません。
オフに入った途端、エネルギーが落ちるのは、怠けではなく、体と心の反応なんだと思います。
意志の弱さではなく、回復の仕組みという視点
以前の僕は、「動けない=ダメ」と短絡的に考えていました。
でも今は、「動けない日も、回復の一部」と捉えるようにしています。
回復って、何か特別なことをすることだけではありません。
「何もしない」「力を抜く」時間も含まれている気がします。
気力と体力を回復させるため、休みの日にペースが落ちるのなら、何もできないのは次に動くための準備期間なのかもしれません。
そう考えると、「甘くなっている自分」を無理に修正しなくてもいいんじゃないか、と思えるようになりました。
僕自身が休みの日をどう受け止めるようになったか
以前は落ち込んでいた「何もできない日」
正直に言うと、僕も以前は、休みの日にほぼ何もできなかった日は落ち込んでいました。
「今日は何も積み上がっていない」と感じると、その一日が無駄だったように思えてしまったんです。
特に、平日に頑張っている自覚があればあるほど、「休みの日くらい有効に使わないと」という気持ちが強くなっていました。
「進まない日=回復の日」と考え直したきっかけ
でもあるとき、何もできなかった代わりに心身の不調が治ったことがありました。
「今日は回復の日だったな」と思えたことで認識が変わり、少し楽になりました。
進んでいないけど、止まっているわけでもない。
そう考えると、休みの日の意味が変わってきました。
今でも、何もできない日があります。
でもその日を「失敗」にしないだけで、次の日の重さが全然違います。
休みの日に選んでいる小さな行動
頑張らなくても取り組めることだけに絞る
休みの日は、「やるべきこと」より「取り組みやすいこと」を選ぶようにしています。
気合いが必要なものは、最初から外します。
少し触れるだけで終わってもいいもの。完璧じゃなくていいもの。
取り組みやすいけど、「やった感」があるものを選ぶようにしています。
それくらいの距離感で十分だと思っています。
ゼロにしないことを目標にするという考え方
全部できなくても、少しでもやればゼロじゃない。
気が向いたら、少しだけ。
それで十分だと、自分に言い聞かせています。
今日、完全にはできなかったことを責める形式にならないようにする、という考えたですね。
今日は完璧にできなかったけど、今日じゃなくてもいいから大丈夫。
こんな感じで受け止めることができるようにすると、不思議と気持ちが楽になります。
止まる日があっても、今のペースで大丈夫
進んでいないように見える日も、何も起きていないわけじゃない。
休んだ分、次に動く余地が生まれている気がします。
止まってしまう日があっても大丈夫。
今日は止まっただけ。
それくらいの受け止め方で、ちょうどいいのかもしれません。


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